こんにちは、アナスタシア・ジャパンの岩砂晶子です☆
岐阜の山々も秋色に染まってきていますよ♪
今日も、ロシア旅行の続きです☆
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朝目が覚めると、すこぶる良い天気です☆わーい
写真は、ホテルの最上階にあるレストランからの眺め。
朝食からみなさん、「お野菜がおいしい~」、を連発していらっしゃいました☆
お野菜そのものの味がするんですよね。
だから、ロシアにいればベジタリアン食でも大丈夫です♪
写真は、旅仲間が撮影していた、ホテルの朝食☆
コップに入っているのは牛乳ではなく、ケフィアです。
ロシアではヨーグルトとしてではなく、飲み物として、
特に朝食の飲み物としてケフィアが好まれているみたい。
黒パンも香ばしくておいしいんですよね☆
さすがに今日は遅めにスタートを切りました。
クラスノダールの散策に行ってきま~す☆
クラスノダールという町は、
1794年にエカチェリーナ2世がクバーニ地方の広大な土地を、黒海コサック軍に与えてできた町。
そもそもは、「エカテリーナからの贈り物」を意味した
「エカテリノダール」という名前だったんですって。
コサックについては、アナスタシアシリーズにも登場しますから、
みなさんも少し馴染みがあるかと思います。
最近だと、年金受給年齢引き上げに講義するデモがモスクワで行われた際にも
コサックが政府の要請で、デモ鎮圧を行っていたことは
記憶に新しいですね。
で、本題の「クラスノダール」に話を戻しましょう。
1920年の十月革命後、
現在の「クラスノダール」に改名されたそうです。
「クラスノ」には古語から「美しい贈り物」、「赤い贈り物」という意味が込められているとのこと。
アナスタシアシリーズにも、
女性の美しさを形容する際などに、「赤い」と表現されたりしていますね。
ロシア語で「赤」は、「美しい」という意味があるようですよ~。
とにかく、「クラスノダール」という名称からも、
共産主義革命後の政治的空気によって、
皇帝にちなんだ名から革命にちなんだ名称に
意図的に変更された背景をみることができるのであります。
ちなみに、
エカチェリーナ2世がコザックに広大な土地を与えた理由とは、
当時ロシア帝国はチェルケシア(北カフカース西部)の領有をめぐり、
オスマン帝国と争っていたため、
チェルケシアの国境地帯を防御するために、
ここを領地としてウクライナ南部の黒海コサック軍に与え、要塞を築かせた、
ということらしいです。
(クラスノダールは黒海に近く、黒海に面した町「ゲレンジーク」はクラスノダール州に属しています)
確かに、この地方にはウクライナ系の人たちが多いように見受けますね~
さ、歴史の話はここまでにしましょー☆
町にはトラムが走っていますよ。
民族工芸品のお店におじゃましました。
ここは、マトリョーシカ作家さんのお店☆
手作りのステキなマトリョーシカたちが
ずらーりと並んでいます。
旅仲間たちも、美しいマトリョーシカに目を奪われちゃいました~。
そして、予定はここから大幅におしてしまうのでありました(笑)
ちなみに、マトリョーシカは、菩提樹もしくは白樺でできているんですって。
ロシア民芸運動の拠点となった「アブラムツェヴォ」。
19世紀末に、鉄道建設で巨額の富を築いた大富豪サーヴァ・I.マーモントフが
自身の別荘地を芸術家たちの活動の場として提供した
この大富豪サーヴァ・I.マーモントフの妻エリザヴェーダが、
日本のコケシとダルマの入れ子をヒントに考案し、
アブラムツェヴォ工房で誕生したと言われているんですってー。
でね、マトリョーシカにも9つの流派があるんだそうです。
このお店の方は、キロフ派だそうで、
木材は菩提樹だそうです☆
こちらが、マトリョーシカ作家さん。
ネールがマトリョーシカ調になっています☆
あっという間にお昼になってしまったので、
この地方の伝統料理をふるまってくださるレストランに
早足-で向かいました。
ロシアにも水餃子があって、ロシア人も大好きみたい。
家庭料理として頻繁に出てくるんですが、
ロシアならではの水餃子があったのです!
な・ん・と・
中身がカテージチーズの水餃子、そしてチェリーの水餃子・・・・・・
ちなみに、お醤油ではなく、サワークリームと食べます。。。
(日本人には、やっぱりお醤油がいいかな~)
チェリーの水餃子は、デザートですね☆
つづく・・・